精神科訪問看護師として

そろそろ10年近くになる。

専門学校を卒業し最初は一般病棟を約数年、その後は精神科病院に十数年。

当時病棟勤務だった私に看護部長が言った。

「あなたには訪問看護が向いてると思うからどう、異動」

ふたつ返事で数ヵ月後には訪問看護ステーション勤務。

 

「お久しぶりです、よろしくお願いします先輩」

「おぉー来たかーとうとうお前もここに来たかー、ははは」

 

 

 

当時訪問看護はあまり光を浴びるような場所ではなく、どちらかと言えばおまけ程度の部署だった。

 

看護師なのに私服。

看護師なのにカバンを持ち歩く営業スタイル。

 

病棟では訪問看護に向けて、少し、そういうネガティブな話しがあった。要はどこかこう…下に見ていたわけだ。…かくいう私も。

ただ一方で小さな興味があったのも事実。

 

訪問看護。精神の。いったい何しているんだ』

 

それだけの興味があった。

 

それとは別に疑問があった。病棟勤務している中で生まれた疑問。

 

『なぜこの人たち(患者さん)は何度も入退院を繰り返すんだ』

『いったい家でなにがどうなっているんだ』

 

訪問看護に対する興味と、再入院を繰り返す患者さんを看護しながらある日言われた言葉。

訪問看護に異動」

まぁいつものように、人生振り返れば、なるほどなとかそうだったよなとか、そういった人生のターニングポイントを知るわけで。

この異動が私にとっては大きな分岐点だった。

 

いくら精神科経験者とはいえ訪問看護は初心者。

先輩たちに同行し学ぶ。

少しずつ担当者を任せてもらい、先輩たちの教えと自身の経験知識応用で受け持った利用者に看護を提供する。

 

いやしかし、なるほど。

 

そりゃ入院するか。

 

見えてくる自宅環境と家族関係。友人知人とのイザコザ。経済(金銭)問題。単身生活の孤独。故に存在価値を見失うことを恐れ私たち医療者側で言う逸脱した行動をとる人間。

 

 

 

精神障害

 

 

精神科に入職した当時、先輩にこう言われた。

「入院はだいたい16歳。上は80歳まで入院してる」

 

16歳…。ふーん。

 

当時は漠然とそのやりとりだけをしていた。でもなぜか鮮明に、その当時の場面が記憶にこびりつき今でも離れない。おそらく心に引っかかったせいだろう。それでも日々の生活にそのことを忘れ、また何かの拍子にふと思い出す。繰り返していた。

これが数年後にいろいろと考えさせられる出来事になったわけで。

 

 

脱線したので話しは戻って。

精神訪問看護師になり数年経った頃、とある利用者さんからこう言葉があった。

 

「自分、人、刺しました。知ってるでしょ○○さんなら。病棟でこの話しした気がするし」

「そうだったね。知ってるよ。病棟でも話しした」

 

「でね、執行猶予の身なんですよ」

「うん」

 

「執行猶予、終わりかな。もうこの生活から抜けたい」

「…。もしかして昼間外に出ないのは人の目が、怖いからか」

 

「はい、それもあるしやっぱり執行猶予の身ですし」

「そうか」

 

「たまに押しつぶされそうになるんすよ。この生活と、なんていうか執行猶予ってのに」

「んー。なるほどなぁ。だから入院繰り返すのも」

 

「はい、そういうのがいろいろあって」

「そうか。先生はこのこと知ってるの?」

 

「いえ、話してないです」

「そうかー。で、どうする?」

 

「あの、執行猶予、あとどのくらい残ってるか確認に行きたいんです」

「なるほど。あれから数年経つもんな」

 

「はい、もう終わってる頃だと思うんです。そしたら自分、もう大丈夫かなって」

「そうか」

 

「はい」

「行ってみようか。ていうか、行かないと何も変わらんし、行くしかないか」

 

「いいんですか。すみませんこんなお願いして。本当は自分ひとりで行かないといけないのに怖くて。ほんと助かりますすみません」

 

 

 

アイスピックで通行人を刺し、執行猶予を受けた彼の過去。

今は昼間にずっと寝て、夕方夜に起きる生活。

そうしているうちにだんだん調子も悪くなり、入院を希望する。

 入院中も彼は寡黙で、今までの訪問でもこんな話しは一切なかった。

今回初めて胸の内をさらけ出してくれた。

理由を聞きたかったが止めた。

うまくいったら聞こうと。

 

 

今までは、再入院を繰り返す彼を病棟で迎える私であったが今は違う。

彼のために直接動ける。

 

主治医に相談し上司に報告し検察庁まで同行した。

 

私は待たされ、長い通路の先で見える彼と、大柄でスーツを来た男性がドアから出てきて、男性は彼に向かって何かを言い、彼は何度も頭を下げていた。

 

「執行猶予、終わってました」

彼は笑った。

 

「もう二度とあんなことしたらダメだと言われました。絶対、二度としませんと言いました」

「ありがとうございます。本当にありがとうございました」

頭は何度も上下に振りながら、両手も握手をして何度も上下に振りながら、彼は礼を言った。

 

 

生活の乱れはそう簡単には改善できなかったものの、彼はその年、一度も入院することなく自宅で過ごすことができた。

 

「なぁひとつ聞いていい」

「はい」

「なんで執行猶予の話し、あの時僕にしたの」

「あぁ、だって○○さん、いつも僕が寝てても、ずっと訪問の時間が終わるまで隣で座ってるじゃないですか、気付いてましたよ」

「いやそりゃ居るよ。ただ起きないから仕事してただけだよ。しょうがねぇじゃん起きないんだもん君」

「はははすみません。でもうれしかったんですよそれ」

「そうなのか、いやでもありがとうね」

「あとパソコンで怖いの一緒に観てくれるじゃないですか。自分怖いの好きだけどひとりで観れないから。だから」

「それで話す気になったの」

「はい」

「うーん、そうかー」

「はい」

「ずっと君を診てくれてる先生に話ししたら良かったのに」

「いやなんていうか、話しても無理じゃないですか検察庁まで一緒にって」

「まぁねぇ」

「だけど○○さんが訪問看護に来てくれていろいろやってくれたし、一緒にご飯食べてくれたし、相談のってもらったし、もしかしたらって」

「まぁね、調子悪くならない入院しないようにするのが僕らの仕事だしね」

「はい、ありがとうございます」